(ゴールデンウィーク)僕が見た被災地(宮城県)

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こんばんは。
盆休み明けの今週、皆さんもいつも以上にお疲れになられたのではないでしょうか。
東京は連日の猛暑から開放されましたが、朝から降り止まない雨と湿気で不快に感じる一日でしたね。
今夜は、予定を変更してゴールデンウィークに訪れた宮城県の被災状況のお話です。
当時、あまりにも衝撃的過ぎて、言葉を添えてブログを書くことに戸惑いがありました。
次回、(3日目)被災地における復興協議会(宮城)に掲載される一部の写真と比較してもらえればと思います。


2011年5月、災害復興まちづくり支援機構の代表団として、代表委員である菊池千春先生(東京都土地家屋調査士会副会長)、事務局長である中野明安先生(第二東京弁護士会元副会長)、事務局員藤田千晴先生(中小企業診断士)とともに現地入りした。


この被災地入りには3つのミッションがあった。
①県庁所在地である市街地においても甚大な被害が出た宮城県の視察
②士業連携のワンパックサービスが可能な災害復興まちづくり支援機構による行政支援の提案を宮城県庁危機対策課に対して行う。
③宮城県災害復興支援士業連絡会と阪神・淡路まちづくり支援機構と我ら災害復興まちづくり支援機構とで協議会を行う。


1日目、藤田先生の車に4人で乗り込み、一路東北道を走る。
周囲には自衛隊車両が多く目立つ。
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並走していたのは、三重県津市から派遣された車両だった。


夕刻に現地入りし、翌日早朝から被災地視察を行った。
<仙台市宮城野区蒲生周辺>
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蒲生周辺は七北川に隣接し、津波によって壊滅的な状態だった。


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家屋は甚大な被害。


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発災から半月ほど経過しているにもかかわらず、水は全く引いていない。


<多賀城市・県道23 号線沿い>d0061857_20205330.jpg
沿道には被災車両が運び込まれ、ガレキの集積場所となっていた。


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片側3 車線あるような広幅員道路沿いでも、1 階部分は津波の被害が甚大。


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無人契約機は徹底的に破壊され、人的被害もあるのではないか?と思わせた。


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歩道は地盤沈下している。


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駐車場スペースには瓦礫、店舗内の一部商品が放置されたまま。


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被災車両が数多く見られた。このように並べられているものはまだいい方である。


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このように車は押し流され、信じられない状態で放置されている。


<宮城郡七ヶ浜町松ヶ浜>
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港に隣接しているため被害は甚大で、道路は大規模に陥没していた。


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トンネル付近では、大規模な崖崩れが発生していた。余震でも崩れそうな状態だった。


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家屋部分は押し流され、或いは押し潰され、重量のある瓦葺の屋根のみが残っている。


午前中視察できる範囲で概況を把握し、県庁へ。
上記②の提案を行った後、宮城県の士業連絡会および阪神・淡路まちづくり支援機構との協議を行うべく、仙台弁護士会館へと向かう。


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阪神・淡路まちづくり支援機構は、士業と学識経験者によるワンパック相談会を避難所を訪問して行っており、ゼッケンをつけたままだ。


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僕は東京で行われている士業合同の無料相談会については全て参画しており、避難所における相談会も視察していた。相談会の運営等についてはそれなりの自負があった。
今後の避難所・被災地における相談会について、平常時との比較において提案を行った。
特に「モンスターボランティア」にならないような工夫が必要である点を強調した。
一人の相談者に対して、多くの専門家が同時にヤンヤヤンヤとアドバイスしてはならない。
特に、関西のノリでは東北の方々は面食らってしまう。できれば地元専門家による相談が望ましい。
東北に親類を持ち、関西系企業でサラリーマンをしていた僕には状況がよくわかった。。。
東北の方は相談をするのにもそれなりの勇気が必要なのだ。
ただでさえ平常時とは異なるので、被災者の方達はナーバスになっている。


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協議会の後に行われた交流会では阪神・淡路まちづくり支援機構の面々から「東京から来た坂本龍馬」と持ち上げられ、親しくお話することができた。
その反面、阪神・淡路まちづくり支援機構のメンバーの迫力に気圧されそうになった。
やはり実体験として被災し、その復興過程の中でお互いの存在を認め合い、絆を深めている団体である。危機意識が東京の士業連絡会とは全く異なった。
また、大学教授等が多く在籍する附属研究会の存在が、士業とは異なる原動力となっていた。
また、近畿、福島、宮城の不動産鑑定士に囲まれ、東京が動かなくてどうする?!と叱咤激励を受けた。
東京という被災地に近い立地にも関わらず、支援態勢が整っていない事に悔しくて唇を噛んだ。
士協会の被災地支援に関する課題が浮き彫りになった気がした。


3日目の翌朝、東京へ帰る前にさらに深く被災地を視察することにした。
<石巻市日本製紙工場付近>
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コンテナが横倒しになり、線路も大きくゆがんでいる。


<石巻港付近>
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高低差1m以上の地盤沈下があった。


<石巻市大街道東>
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あまりの酷さに言葉を失う。


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街全体が瓦礫で埋め尽くされ、まるで空襲でも受けたかのようだった。


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何もなくなった街を黙々と歩いた。
周囲は臭気に満ちており、ハエが異常に発生していた。


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生活の足跡が当然にあった。子供用品を見て涙が出そうになった。


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僕ごときに何ができるというのか?
何度も心が折れそうになった。


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電柱には僕の身長をよりも高い位置に、肥料工場から流れ出た肥料の袋がそのまま突き刺さっていた。
津波の恐怖を改めて感じた。
見るもの全てが信じがたい光景だった。
「なぜ僕がここにいるのだろう?」
思わずそう思ってしまいながら、瓦礫の中を革靴で歩き回った。


帰途に付く頃、ようやく我に返る。
「もし、今、首都直下型地震がきたら。」
「僕達はどうなるのか。」
強くそう思った。
残念ながら、東日本大震災をなかったことには出来ない。
専門家、国民として出来うる支援を惜しむことがあってはならない。
そして、首都である東京にいる僕達は多くを学び、備えなければならない。
課題は山積している。
強い思いを胸に東京へと帰った。




次回は、震災から5ヶ月を経過した宮城県仙台での協議会の様子をお伝え致します。


不動産鑑定士  佐藤麗司朗


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by tukasa-rea | 2011-08-19 22:07 | 佐藤 麗司朗(不動産鑑定士) | Comments(0)